【INDIKA】
でかい卵と魚と犬が出てくるゲーム、
その世界の可能性。
2024.05.11
【注意!】作品のネタバレが含まれています
発売前デモをやり終えてリリースを待っている間、私が思い描いていた『INDIKA』の世界観は以下のようなものだった。
19世紀末、ロシアでは奇妙な獣の病が蔓延していた。人間以外の生物が、ことごとく巨大化し、その凶暴さを増していたのだ。家畜や狩りの獲物の体も巨大化していたため、恩恵を得たものもいないではなかったが、大抵の人間は管理できなくなった猟犬に食われ、獲物だと思っていた存在の獲物にされた。
高名な学者たちも獣の病に妥当な説明をつけられず、巷では無神論の興隆が病の発端であるとまことしやかに囁かれだした。近代化によって信仰を失った我々を裁くために神が試練を課しておられる、あるいは信仰の弱まりに目をつけた悪魔がこの国に食指を伸ばしたのだと。
巨大化していく獣たちの脅威にさらされ、相対的に自らがおとぎ話の小人のように感じられた人々は、神のご加護を得るため教会に詰めかけた。地元きっての「進んだ思想の持ち主」と評判で、サロンに出入りしては聖職者をこき下ろしていた人物が、チェシャ猫のように膨らんだ飼い猫に食われかけ、這々の体で神父の靴にくちづけるというようなことも度々起こった。
――てな感じの状況下で手紙の配達を頼まれた、悪魔の声が聞こえる修道女インディカが、旅の道中で神の声が聞こえる脱獄囚イリヤと出会い、獣の病の正体を探る……というのがゲームの筋書きだと思っていた。
『INDIKA』のデモ版では巨大な黒い犬に追いかけられるシーンがかなりの割合を占めていた。犬はこの世のものとは思えぬ風貌で、インディカに食らいつくと彼女を綿の入った人形のように軽々と振り回して地面に叩きつけ、殺してしまう。こいつは何か禍々しい力によって突然変異したに違いない! と私は思ったのだ。デモ内で立ち寄る2つの集落がともに廃屋同然であったことも、物語の背景に疫病のようなものが存在しているのではという推測の一因になった。その廃屋のひとつには、悪魔を描き加えた写真がひしめいており、住人は精神的変調に取り憑かれて家を捨てたように見えた。
奇怪な現象が立て続けに起こるのも獣の病の流行と軌を一にしており、それがインディカ個人の精神的な不安定さと響き合って鮮烈なイメージとしてプレイヤーに見えてるんじゃないかな? と私は想像していた。インディカはイリヤとバディを組むことによって悪魔にも神にもアンテナを張ることができるようになり、原因究明効率がUP!! そんでもってこのふたり旅はいくつかの土地を巡って、獣の病や怪奇現象の源を鎮める、「エクソシズムの旅」みたいなもんになるのかなと思っていた。その旅の過程でインディカは獣の病や怪奇現象の原因が民衆の不信心にあるのではなく、自分がかつて属していた教会の腐敗にあることに気付く。そして自身の信仰のあり方と社会の信仰のあり方を同時に問われるのだ――みたいな筋書きだ。
しかし実際に『INDIKA』の本編をやったら全然違った。生き物がやたらでかいことの説明が一切無いのだ。
まず卵がでかい。犬がでかいことはデモ版でさんざん思い知らされたが、修道院の厨房付近に置かれている卵がみんな異様にでかい。人の頭くらいある。そしてそのことに誰もツッコまない。こんな卵が産める鶏は少なくともファミリーワゴンくらいのサイズがあるはずだが、雪に閉ざされた修道院内の探索可能領域にその影は無く、鳴き声も聞こえない。
次いで魚もでかい。そこから取れる魚卵もでかい。魚や魚卵を入れる缶詰もでかい。燻製器で回っている魚は寝袋くらいのサイズで、中に入って眠れそうだ。スパソフの水産加工工場では奇妙な設計の通路(ゲームの建築は奇妙になりがちだがそれにしても変てこ)の傍らをクジラのような巨大魚が列をなして運ばれていく。そしてツッコミが無い。てか「クジラのような」と表現するのも無理がありそうだ。たぶんこの世界のクジラはさらにでかい。長野県くらいあるんじゃないか?
ゲームがこの段階に至ると、唖然としながらもこう考えざるを得なくなる。このゲーム世界の住人にとっては、この生物のサイズが普通なのでは? インディカもイリヤも犬の「凶暴さ」には言及するが、「大きさ」には言及しない。植物のサイズは我々の世界と同じくらいなので生態系がどうやってバランスを取っているかは謎だが、彼女たちが生きている世界はどうも以前からこの調子らしい。
さらにスパソフの門前町では、風車付近で会った黒犬より大きな犬を垣間見ることになる。工場を出てすぐ、兵舎(?)脇の柵の隙間から、クリーム色の獣の後ろ足が見える。横になって眠っているようで、その体は呼吸のリズムに合わせて穏やかに動いているが、全体像はわからない。しかし見える範囲から推測するにコンクリートミキサー車くらいはありそうだ。もはやドラゴンのような風格があり、こいつが暴れたら町ひとつ簡単に滅びそうだが、当然ツッコミは無い。
この堂々たる異常さにはかなり面食らったし、説明が無いことに対して軽いフラストレーションも感じた。でも今となっては「むしろクールかも」と思うようになっている。それは『INDIKA』の物語全体が、私が発売前に妄想していた「エクソシズムの旅」とは全く違うものだったからだ。『INDIKA』は、クエストがあってそれをクリアしていけば明快な答えと大団円が手に入る、というような作品ではない。もっと不可解で、変で、色んな謎が謎のままなのだ。この種の不可解さが嫌で嫌でたまらないという人もいるだろうが、私はこの不可解さの気配に発売前から惹かれていただけに、ゲームが放射するすさまじい不可解さを甘んじて受け入れる心構えになった。でかい卵と犬と魚が現れたのに何もツッコミが入らない。なんてクールなんだ。続編作ってくれよ。
そして黒犬や魚の大きさにインディカ&イリヤ両名が突っ込まなかったことから、ひとつの推測が成り立つ。黒犬や魚の大きさがゲーム内世界にとって当然のものであり、インディカだけが見た幻覚でないのだとしたら、ゲーム内で起こる他の奇妙な現象も”本当に”起きたことなんじゃないか? 修道院長の口からは”本当に”ちっちゃい修道院長が出てきたんじゃないか(インディカはこの現象に驚いているので、稀なことではあっただろうが)? ストーブのある部屋は”本当に”重力のねじれが働いてたんじゃないか? インディカの信仰心の危機は”本当に”世界の物理的在り方を変え、インディカの祈りはその綻びを”本当に”物理的に繕ったのでは?
この仮説を確認する術は(私が見つけられてないだけかもしれないが)ゲーム内には無かった。むしろ『INDIKA』は「認識の変転によって幻想が消滅すること」をテーマとして描いているため、インディカが体験した怪現象のうち、イリヤという証人を持たないものは、尽く実在しなかった可能性が高い。ゲームの幕切れの後、神無き世界を歩くインディカにとって、世界はあるがままにあるだけで、突如赤い光の中引き裂かれる景色も、それを修復する祈りも無いだろう。
だがそう考えるとなおの事、イリヤとともに観測した怪現象の怪現象ぶりが際立ってくる。でかい犬と魚、回転扉のように動く空調プロペラ、クレーンでぶっこぬける橋、これらはすべて他者の観測を伴いながら物理的に存在している。神や悪魔がいなくとも『INDIKA』の世界はもう十分すぎるほど異常なのだ。この異常さに私は希望のようなものを感じる。幕切れ後のインディカたちにも、まだいくらでも変なことが起こり得る。その変なことをたくさん見たい。神無き世界を生きるふたりが見たい。続編作ってくれよ!!