カラマーゾフの余談 ソフィヤの物語
2025.12.28
皆さーーーーーん、ドストエフスキー作品に挫折してますかーーーーーーーーーーーーッ!!!??!??
私はしてます。
私のドスト挫折歴
こんにちは。お久しぶりの日記投稿で恐縮です。私カキヤケーは、今月末のコミケでサークル「無定見ゾーン」にて、ドストエフスキーの長編小説『カラマーゾフの兄弟』の一部を漫画化した『カラマーゾフの兄弟 ソフィヤの物語』を頒布予定です。日付は12/30、場所は南g42a、印刷は株式会社栄光さんにお願いしました(ありがとうございます!)。詳細はこちらをご覧ください。サイト内で前半部のサンプルも公開してるよ。
表紙・裏表紙はこんな感じ。A5サイズの本になる予定です。
そんな私が読んだことのあるドスト小説は以下の通りです。
『カラマーゾフの兄弟』:7割ほど読んだところで挫折、2度目で読了
『罪と罰』:4割ほどで挫折、2度目で読了
『悪霊』:2割ほどで挫折、次は6割ほどで挫折、3度目で読了
『賭博者』:3割ほどで挫折、2度目で読了
『ステパンチコヴォ村とその住人たち』:なんと初読で読了!
『白痴』:8割読んだところで止まっており、現在絶賛挫折中
ドストエフスキーに興味が無い方にとっては、ふーんという感じのリストでしょうが、ドストファンの中には「いやはや情け無い……五大長編もコンプリートしていないのかね」と思われる方もいるでしょう。その体たらくで漫画化を始めたのかねと。
完璧を目指していると死んでしまう
そうです。そもそも、「ある作家のファンである」と名乗るのはなかなかハードルが高いもので(別にそんなハードルは幻なので好きになった時にファンを名乗れば良いのですが)、「出版(邦訳)された物を全部読む」というのを条件に設定してしまうと、小説はまだしも日記などを含めると膨大な著作があるドストの「ファン」を名乗るのはかなり難しいです。本は”本当に”読めたという手応えに辿り着くまでに、3回は読む必要があることもざらですし。さらに作品理解のためには彼が影響を受けた同・前時代の作家の著作も読破することが望ましく、ロシアの文化と密接に繋がっているキリスト正教についても研究しておきたいところ。19世紀ロシアの行政制度、貨幣制度、教育制度、さらにはファッションの流行から鉄道網まで、知っていて損になる情報などひとつもありません。加えて原文のニュアンスを精査したければ、ロシア語にも通暁しているほうが勿論良い。
「望ましい」「したい」「知っておきたい」事柄は、作家の影響力の強さ、作品が取り扱うテーマの複雑さゆえに無限に広がり続けます。そしてこの果てのない海を見るような感覚こそドストエフスキー作品の魅力のひとつとも言えるでしょう。
しかし、しかし、そんな事が全てできる人間であれば、私はとっくに学術メジャーリーグで学術豪速球を投げたり学術ホームランを打っています。そりゃ私だって数ヶ国語を操り、月に20冊本を読み、ビュンビュン旅行に行き、異なる文化で育った人々と哲学的対話を流暢に楽しめる知力、体力、度胸、経済力、行動力が欲しいですよ……!! でも私が抱えている私は荒れた家で育った呑み込みの悪い臆病で出不精の貧乏人なのです。そんな人間でも私の意識が宿っている唯一の人間なので、捨ててゆくこともできません。
そして、漫画や絵をお描きになる方はお分かりになると思いますが、描画というのはなかなかどうして体力の要る行為です。私はもともと体力の無い人間なので、このまま老化していくと本当に床に放置してある濡れ雑巾みたいな状態になること請け合いです。その時どれだけ知識を蓄えていても、自分の手で漫画を描くというしち面倒くさい作業ができなければ、喜びを決定的に欠いてしまいます。メメント・モリ。私は見切り発車することにしました。
バイオレンスから始めよう
ドスト挫折常習犯である私は考えました。ドストは世界的に有名で、作品の面白さは折り紙付きなのに、多くの人が取っ付きづらさを感じたり、途中で躓いてしまうのはなぜでしょう。私はドストに興味の無い方にも自分の漫画を読んでほしかったので、読み始めたら最後まで読み通せるような一話を作りたかったのです。
真っ先に思い浮かぶのは名前です。ロシア語人名は、映画やドラマなどを介して耳慣れやすい英米の名前とはいくらか印象が違います。また、父称と呼ばれるミドルネームがあり、これが名前の響きを長くややこしく感じさせます。例えば「フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー」であれば「ミハイロヴィチ」が父称にあたり、彼の父がミハイルであることを示す、という具合です。他にも男女差や愛称などの要素も絡んできます。
また、物語に家族や土地のしがらみが関わることが多く、群像劇的なため、読みながら家系図を把握したり相関図の矢印を整理するのが大変なのも一因でしょう。『カラマーゾフ』を読み始めると、まずフョードルという男を起点に、彼の最初の妻アデライーダとその子供ドミートリィ、次の妻ソフィヤとその子供イヴァンとアレクセイに話題が波及し、各人の来歴を辿ります。これは文豪ドストエフスキーが小説という形態でやるから成立するのであって、漫画の形態でこの記述を読ませるのは至難の業です。
漫画の描き方教本などを読んでいると、まずもれなく「冒頭で世界観語りをすべからず」という禁則が出てきます。「かつて悪魔が神に挑む牙城として建てた摩天の塔ホーンオブアスタロトは理皇歴288年霧の月12日目に神の御業によって72の破片に砕かれた。その破片は周囲の土地に降り注ぎひとりの女がその下敷きとなって息絶えた。これらの"欠片(ザ・ピーセズ)"は百の馬で百日引けど大樹のごとく動かず今も地に伏している――」みたいなことをいきなりつらつら書くと、読者はウオッとなってしまうよね、という話です。よほど技量と動機が無ければこういう語りは扱えないから気をつけて、という忠告が教本には書いてあります。「フョードルはこんな人物でアデライーダはこんな性格でソフィヤはこんな育ち方をして……」とひたすら書くのは、名前の馴染みの無さも相まって「ホーンオブアスタロト云々」と似た印象になってしまうのではないかという懸念がありました。
どうしたもんかなと思いながら原作を読み返していると、印象的な場面にぶち当たりました。ソフィヤの育ての親、将軍夫人がSWAT隊員もかくやというほどのスピード感で行う、フョードルへのカチコミ暴力です。これです! 暴力! 漫画といえば暴力(語弊)ですよ!!! この極めて漫画向きなシーンを起点にしてネーム(※漫画の下描きの下描きみたいなもの。コマ割りや構図や台詞を決める)を切って行くことにしました。なのでこの話のネームのファイル名は「将軍夫人バイオレンス」となっています。そして試行錯誤するうちに、話全体がソフィヤの人生を辿るものになっていきました。
とりあえずファイル名を決めてネームを描く。
ソフィヤは社会的に抑圧された貧しい女性であり、控えめな性格で、自分が置かれた状況を批判的に検証して警戒したり怒ったりするということに不慣れなために悲劇に引き摺り込まれてしまう、というキャラクターです。なので彼女が行えない、社会の構造的問題をあぶり出すような反骨心のある言動を行えるキャラクターとして、彼女のルームメイトを追加しました。
漫画サンプルをお読みになった原作既読の方はお気付きかと思いますが、この黒髪のルームメイトとソフィヤが行った一連の会話は原作には一切登場しない、私の創作です。そのことを不快に思われる方もいるでしょうが、彼女とソフィヤの対話によって『カラマーゾフ』の全篇に通底する、自由意志や格差を巡る問題、自己責任論と宗教的運命論の悪魔合体などについて省察を加えられたので、彼女には感謝しています。今回の助演女優賞はこの黒髪ルームメイトさんだと思っています。
その他にも、漫画としての演出上足したり削ったりした台詞やシーンがいくつもあるので、その違いを原作と比べてみるのも面白いかもしれません。それぞれ自由な楽しみ方をしていただければ幸いです。
ルームメイトさん。作中では機会がなかったので笑顔の姿を描きました。
不幸から生まれる生命
今、あなたの足元に夕暮れ時の影のように伸びる、二又に分かれた道を思い浮かべてほしい。その先には、あなたの生物学的母親と生物学的父親がいます。あなたがその生物学的両親を愛していようが憎んでいようが、顔を知らなかろうが、名前を知らなかろうが、構いません。そこにはひとりの卵子提供者とひとりの精子提供者が必ずいるはずです。さらにその生物学的両親の足元から、また道が二又に分かれて伸びていく様を思い描いてみましょう。そこにはあなたの生物学的祖父母がいます。あなたの目の前にケヤキの枝のように広がった道を見れば6人の人間がいます。曾祖父母の代まで辿れば14人、高祖父母の代まで道を伸ばせば30人。ひとまずこれで十分でしょう。
ではあなたの目の前に立つ、30人15組の卵子提供者・精子提供者ペアの全員が、各々の意思を尊重され、いかなる暴力や権力の濫用も無く性交に至り、望んで子をもうけたでしょうか。誰ひとり抑圧されなかったでしょうか。誰ひとり無理強いされなかったでしょうか。誰ひとり騙されなかったでしょうか。目の前の15組全員がいつまでも幸せに暮らしましたとさと考えるほど、あなたは子供でも愚かでもないはずです。
ほんの数百年世代を遡っただけでも、そこに囚われた女たちの怨嗟、諦めた男たちの苦悶が響いているのを感じずにはいられません。足元から伸びる枝の節目で人生を抱えた人々のうち、ひとりでも欠ければ私も、あなたも生まれなかった。これが私たちの命というものなのです。私達は死者と不幸の上に立っており、生命には因果があるだけで、意味はありません。
私も時たま幸福というものを感じます。私の両親は極めて不幸な結婚をしており、その皺寄せは私と私のきょうだいにも及んだのですが、しかしその一方で、不幸な婚姻と生殖によって生まれた私には幸福を感じる能力があります。これは厄介なことです。
カラマーゾフ家の息子たちも不幸な婚姻と生殖によって生まれながら、それぞれに他者との出会いや、恋の歓び、互いへの共感、高貴と呼びうるほどの苦悩を経験します。彼らの生涯の輝き、その一瞬一瞬の感情の高鳴りを否定することは誰にもできません。しかしドミートリィの母アデライーダにも、イヴァンとアレクセイの母ソフィヤにも、もっとマシな人生、これらの息子たちが生まれないような人生が相応しかったであろうこともまた否定できないのです。親の不幸な人生は子供に恒常的な「お前を産まないほうが良かった」というメッセージを送り続けます。
もしも私がタイムマシンに乗って祖先のひとりに会いに行き、その人が脅威に曝されずに生きることができるよう手伝えるとしたらどうでしょう。その人が幸福に生きることができる手伝いをした結果私が生まれなくなり、その人を助けるごとに私の身体が霧のように薄らいでいくとしたら? それができたらまさしく、私は死んでもいいと思います。そしてソフィヤの子供たち、アレクセイもイヴァンも、過去改変の機会を貰えたら薄れゆく身体でソフィヤを助けるのではないでしょうか。『ソフィヤの物語』を描きながら私はそんなことを考えていました。
しかしタイムマシンは無く、私は不幸の結実としてここで膝を抱えています。
お詫び
『ソフィヤの物語』において、私は語り方に様々な変更を加え、そのいずれも自分なりの意図に沿うように努めたのですが、23ページにおいてはそうではありません。このページの2コマ目には、ミャソエードフの『ゼームストヴォの昼食』という絵画が使われていますが、これは農奴解放令後の1872年に発表されたものです。
ミャソエードフ『ゼームストヴォの昼食』
ゼームストヴォとは、農奴解放令後に農民の管理が領主から政府に移されたことにより設置された地方自治機関で、地主、都市住民、農民が代議員を選出しました。この絵では地主階級を直接描かず、その使用人が屋内で食器を拭いているさまを通して、地主階級が屋内で(おそらく描かれた農民たちとは対照的に豪華な)食卓を囲んでいることを仄めかしています。
なのでこの絵は正確には「農奴制」ではなく、「農奴解放令後も依然として格差が残っている」という問題をテーマにしています。このテーマのずれは「農奴制」を扱う図版として、出典を明記できなおかつ階級のコントラストが激しいものを発見できなかった私の落ち度によるものです。申し訳ありません。農奴制に触れた歴史書に載っている小さい図版からは原典を見つけられず、Wikipedia「農奴制(Крепостное право)」のページに記載された図版は、「農奴を酷使している」のではなく「作物をまっすぐ刈り取るために指示を行っている」ものだ、という指摘を見つけたため使用を控えました。
そんなわけでコマに用いた『ゼームストヴォの昼食』は次善の策に過ぎないというのが実情です。今後増刷する機会があり(あったら良いな……)、もっと相応しい図版を見つけられたら、差し替えるかもしれません。
謝辞
今回の漫画を描くにあたり、東京都千代田区の東京復活大聖堂教会(ニコライ堂)を拝観・スケッチさせていただき、参考にしました。ありがとうございます。作中の正教会の内装はニコライ堂とは同一でなく、また現地ロシアの正教会に馴染んでいる方にとっては違和感のあるものかもしれません。私も勉強中の身ですので、ここが変だよという部分があればお教えいただければ幸いです。
今年はもっぱらblueskyで過ごしていましたが、SNSで交流いただけた方々、skebなどでご依頼くださった方々のおかげで大変励みになり、遅いペースではありましたがなんとか一話描き切ることができました。漫画の前半部を公開してからも、国内外問わず温かいコメントをいただくことがあり、感無量です。ありがとうございます。
皆様良い年末年始をお過ごしください。コミケにいらっしゃる方は、ぜひ南g 42aの「無定見ゾーン」にお立ち寄りください。お待ちしてます!